昭利の一本道 [9] 『富岳太鼓』のこと、『日本の太鼓』のこと

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 昭和39年の東京オリンピック、45年の大阪万博という日本の2大イベントのおかげで明らかに追い風が吹いてきた太鼓芸能に、52年、さらに新たな展開が訪れた。静岡県御殿場市で社会福祉事業を営んでいた『社会福祉法人富岳会』が、心身に障害がある人々の活動に、日本で初めて太鼓を取り入れた。障害の機能回復と、利用者の社会生活への適応を目ざすという。

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理事長の山内令子氏によれば、たまたま施設で開いた納涼盆踊りで地域の青年団員が太鼓を打つのを見て、利用者の一人が突然櫓に上り、嬉々として真似をする光景を見て「これだ!」とひらめいたという。太鼓を打つことは集中力を養い、身体を使うことはリハビリにつながる。太鼓はまったく経験のない令子氏だったが、長野県岡谷市で『御諏訪太鼓』を主宰していた小口大八氏のもとに足繁く通い、まずご自身が指導を受け、施設に戻って職員に伝え、職員がさらに利用者に伝える。遠回りな指導法だったが、令子氏は根気よく続けられた。やがて職員と障害のある利用者による合同チーム『富岳太鼓』を結成。現在は令子氏の後を継いで二代目理事長となられた長男の剛氏がチームを率い、自主公演や他施設への慰問など、年間約100公演を実施されている。

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 一方、東京では日本の伝統芸能の殿堂である『国立劇場』で、太鼓だけの公演『日本の太鼓』がスタート。当時、国立劇場芸能部のプロデューサーだった西角井正大氏のお骨折りのおかげで実現したもので、第一回の出演団体は、石川県の『御陣乗太鼓』、東京の『助六太鼓』、長野県の『御諏訪太鼓』など。以後『日本の太鼓』公演は、昨年の特別企画公演まで44年にわたって開催されてきた。日本の太鼓文化がここまで成長してきた要因の一つとして、この公演が果たした功績は計り知れない。

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 また、『日本の太鼓』については、私もさまざまな面から関わらせていただいた。毎回のテーマに合わせた出演団体の推薦や、舞台で使用する太鼓のレンタル協力のほか、自前で育てた女流太鼓チーム『炎太鼓』や青少年チーム『サスケ』も何度か舞台に立たせていただいた。西角井氏の後任としてロデューサーに就任した茂木仁史氏(現在は国立劇場おきなわ調査要請課長)とも親交を深め、今も年に数回は杯を交わす仲だ。